この連載について
一人ひとりの答えが違う歯科医療。そんな中、話せる歯科医は、患者さんの言いなりでもなく、自分勝手でもない。科学的な根拠も大事だけど、ときに感覚やあいまいさを優先する。ではいったいどんな歯科医が話せる歯科医なのか? 私、内藤の経験や物語をとおして、話せる歯科医をひも解いていきます。ここには、これからの歯科医療における答えの決め方のヒントがあるはずです。
「何しに来た!?
必要ないから帰れ!!」
あるケアマネージャーからの
依頼を受けて、
患者さんのご自宅に
訪問診療に伺ったときのこと。
私は、患者さんにお会いするなり、
大きな声でお叱りを
うけることになった。
その患者さんは、
今年で90歳になる
元医師の男性、
村田さん(仮名)。
車いすに座っているその姿は
90歳とは思えないくらい若い。
髪も黒いし、姿勢も良い。
かなりやせてはいるが、
その顔つきからは
厳格さがにじみ出ていた。
「あの人、私らじゃだめなの。
男組だから。」
私は、
村田さんにお叱りを受けながら
今回依頼を受けた
ケアマネージャーの言葉を思い出した。
「何が男組だ。
全然だめそうじゃないか。」
私は心の中でそうぼやいていた。
今回私に依頼してきた
ケアマネージャーは、
田辺さんというなんとも
あっけらかんとした女性。
「先生、また頼んます~。
ちょっと気難しい人だけど。」
と、今回も軽い感じで
私達に依頼してきたのだった。
田辺さんはとても活動的で、
看護師でもあり、
2件の介護事業所の
管理者でありながら、
あるピアノ演奏者の支援活動を
精力的に行っているらしい。
以前に一度、私も誘われて
そのピアノコンサートに
参加したことがある。
誘われたといっても、
会場に行ってみたら、
田辺さんと会うわけでもなく、
一人でピアノを聴いただけなのだが。
しかも夢の中で。
真冬の京都で、とても寒く、
帰りには雪が積もっていた。
寝起きの身体には、
その寒さがとてもこたえたことが
印象に残っている。
そんな田辺さんからの紹介で
村田さんの診察をすることとなった。
村田さんはその年、
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)
という病気で、
2度の入院を経験していた。
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)
とは、主に口の中の細菌が
原因でなる肺炎。
食べることや飲み込む機能が
低下すると起こりやすくなる。
誤嚥(ごえん)とは、
一般的にいう「穴ちがい」のこと。
健康な方でもたまに、
穴ちがいによって、
むせてしまうことがあるが、
普通はそれだけで
肺炎になることはない。
しかし、
口の中が悪い細菌だらけの方は、
穴ちがいによって、
たくさんの細菌が肺に入ると、
肺炎を起こしてしまうことがある。
とくに高齢者のような、
免疫力が低下している方は、
このような肺炎を
起こしやすくなるし、
命にも関わる。
現在、
このような肺炎が増えてきており、
死亡原因の第3位になっている。
だから、
口の中をきれいにしておくことが
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)
の予防に有効だと言われる。
村田さんのご家族も、
そのことを知り、
口腔ケアを
しっかりとして欲しいと
ケアマネージャーの田辺さんに
相談されたとのこと。
ところが冒頭のように、
そんなことは必要ないと、
口の中をいっさい
みせて頂けない状況だった。
私はとても悩むことになった。
「自分に一体何ができるだろうか?」
急を要する場合には、
拒否されながらも
むりやり処置を行う場合もある。
ただこの患者さんの場合は、
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)
の予防が目的。
いかに継続して、
口の中を良い状態に
保てるかが大事になる。
だから私は、
まずどうしたらこの患者さんに、
納得して診療を
受けていただけるのかを
考えなければならなかった。
※ここでの物語はすべて実話に基づいていますが、登場する方々の氏名は仮名であり、個人が特定されないように配慮をしている点をご理解ください。
この記事へのコメントはありません。