話せるブログ 第14回 物語「妻を亡くした患者さんの決断(最終話)」 

この連載について
一人ひとりの答えが違う歯科医療。そんな中、話せる歯科医は、患者さんの言いなりでもなく、自分勝手でもない。科学的な根拠も大事だけど、ときに感覚やあいまいさを優先する。ではいったいどんな歯科医が話せる歯科医なのか? 私、内藤の経験や物語をとおして、話せる歯科医をひも解いていきます。ここには、これからの歯科医療における答えの決め方のヒントがあるはずです。

(前回のおさらい) 第5話へ

「治療方針については十分わかりました。
先生は、私が後悔しないようにと
真剣に考えてくれているのも理解しました。
治療期間も費用もかなりのものですしね。
私もいったん冷静になって考えてみます。」

青杉さんがいったん考えてみると
言っているのを聞いて、
私は少しほっとしたような気持ちになっていた。

「そうですね。
一度冷静に考えてみてください。
良く分からないまま勢いで

治療に入ってしまわないように。
やらなきゃ良かったと後悔してしまったら
お互い不幸ですから。」

お互いに不幸。
あまり良い言葉ではないと思ったが、
青杉さんの勢いに少しブレーキをかける意味であえて使用した。
良いことも悪いこともちゃんと考えたうえで、
決断してもらいたいから。

すでに時刻は、
午前診の終了時刻から
1時間が過ぎようとしていた。

他の患者さんもいなくなり、
スタッフもお昼休憩に入った診療室は
いつもの慌ただしさや物音がなく、静かだ。
だから声が良く聞こえる。
その静かな診療室で、青杉さんが言った。

「ただ先生、
来月の娘の結婚式までに、

ある程度の歯を入れることはできませんか?」

「来月の何日ですか?」

「〇〇日です。」

来月といっても、
あと半月くらいしか日数がなかった。
そこは、あまり話し合っている場合ではない。
一旦ある程度の見た目と咬める状態を
早急につくらげなければならない。

咬み合わせはとりあえず
そんなに変えずに、
何とか仮歯をつくる。
でも時間が無い。

その日に間に合わせるには、
今日少しでも治療を進めないといけない。

「午後の診療も予約で埋まっている。
お昼休みがあと1時間。
今日はお昼抜きか(T_T)

心の中でちょっとがっかりしながら、

「では、青杉さんさえお時間があれば、
今からできる所まで治療を進めましょう。」

私は、
毅然とした態度(のつもり)で、

そう青杉さんに提案していた。

 

ーーー

 

6月の終わり頃、
青杉さんは再度来院した。

「娘の結婚式を無事に終えることができました。
仮歯も問題なく使用しています。
もうこれでも良いかなって思うくらいです。」

良かった。
何とか間に合って仮歯までできて。
私は、ほっとしていた。

そして青杉さんはこう続けた。

「やっぱり色々と考えたんですが、
今、できる限りの治療を受けたいと思います。
娘の結婚式を終えた今、よりそう思うんです。
自分ももう少し若く元気でいたいって。」

そのとき私の中でも、
青杉さんによりそう治療をする覚悟ができていた。
良い結果になることを信じて。

(おわり)

※ここでの物語はすべて実話に基づいていますが、登場する方々の氏名は仮名であり、個人が特定されないように配慮をしている点をご理解ください。

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