この連載について
一人ひとりの答えが違う歯科医療。そんな中、話せる歯科医は、患者さんの言いなりでもなく、自分勝手でもない。科学的な根拠も大事だけど、ときに感覚やあいまいさを優先する。ではいったいどんな歯科医が話せる歯科医なのか? 私、内藤の経験や物語をとおして、話せる歯科医をひも解いていきます。ここには、これからの歯科医療における答えの決め方のヒントがあるはずです。
前回のおさらい(→第31回へ)
吉沢さんの治療としては、
咬み合わせの治療の前に、
全体的に歯肉に炎症があったので、
まずはその改善が必要だった。
歯肉に炎症が続くと、
歯も動きやすくなってしまう。
右下の前歯が突出するように
動いてしまったのは、
そこに持続的な力が加わったことが
主な原因だが、そこに同時に炎症が
あったことは、もう一つの要因だと考えられた。
だからまずは歯肉に炎症を
起こす原因である、
口の中の細菌のコントロールを行った。
そこには、
当院の歯科衛生士が入ってもらい、
吉沢さんもとても協力的に
頑張ってくれたので、
すぐに歯肉の状態は改善し、
スムースに咬み合わせの治療に
移行していくことができた。
「まずは右上一番奥のかぶせものと、
右下の欠損している手前の歯の
かぶせもの、この二つを仮歯にします。」
私は、吉沢さんの口の中にある
明らかに低いかぶせ物を除去し、
仮歯に置き換えた。
その際、右に歪んでいた咬む位置を、
少し左に誘導するような仮歯にした。
「なんだか違和感ありますね。
すごく右の歯が高く感じます。」
私は吉沢さんが感覚的に
ちょうど良さを感じるより、
咬み合わせが少し高く感じるような
仮歯を入れた。
しかも右に咬む位置が
ズレにくいような形にしたので、
吉沢さんはかなり違和感を
感じており不安な様子だった。
しかし私はその状態で帰って頂いた。
吉沢さんの身体の適応を診るために。
数週間後の来院時ーーー
「仮歯に置き換えてから、
どうですか?」
「最初は違和感あったんですけど
だんだん慣れてきました。」
今回入れた仮歯の状態が
今の吉沢さんの許容量を
超えてしまえば、
違和感がずっと続いたり、
仮歯がすぐに外れたりする。
ただ吉沢さんは
思ったより適応力が高く、
そんなに持続する違和感もなく、
仮着の仮歯でも外れることがなかった。
「今の咬み合わせは
吉沢さんの身体の
許容範囲には入っている
ようなので、今の仮歯でしばらく
経過を診ていきましょう。」
私はそう吉沢さんに説明し、
3か月ほど待つことにした。
その仮歯にだんだん慣れた
吉沢さんは、今度はそんなに
不安な様子はなく、すんなりと
その提案を受け入れてくれた。
(次回に続く)
※ここでの物語はすべて実話に基づいていますが、登場する方々の氏名は仮名であり、個人が特定されないように配慮をしている点をご理解ください。
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