この連載について
歯科医と患者さんとの間にはギャップがある。それが不満や後悔につながることも多い。歯科医の内藤は、そのギャップを埋めるため週に一度、落ち着いて患者さんと話せる時間をつくることにした。するとそこに毎週訪れるようになった小学5年生のゆめは君。内藤とゆめは君。患者さんからのご質問やご意見をもとにした2人の気さくな会話から、歯科医の想いや常識がみえてくる。歯科医と患者さんのギャップを埋め、お互いに後悔のない歯科医療を選択するための情報が満載。
内藤先生
話せる歯科医
ゆめは君
辛口な小学校5年生
そう。ここで言う価値観というのは、生きる上で何を大事にしているかっていうこと。
その人の価値観は歯科医療の治療方針に大きく関わるからね。この前患者さんと話をしていてすごく感じたことがあってね。
うん。訪問歯科診療で出会った患者さんなんだけどね。その患者さんは脳の病気(脳梗塞)で飲み込む機能が低下してしまって口から食べることができなくてね。だから胃ろうっていって、直接胃に食べものを入れることができるような処置がされていたんだよ。
そう。その胃ろうで栄養面は確保できている。でも口を使わなくなると、口の機能も落ちるし、汚れも増えるから、口の状態を保つためにケアが必要になる。
うん。それでその患者さんに会ってみると、すごいストイックな人でね。毎日一生懸命リハビリしていたんだよ。
そうそう。自分で時間を決めて毎日ちゃんとやってた。それでね、口の状態もトレーニングして良くしたいっていう気持ちも強かった。
頑張ってトレーニングして口から食べたいってことね?
先生もそう思ったんだよ。でもね、その患者さんの考えは少し違った。
え?口から食べるようになりたいわけじゃなかったの?
最も大事にしているのは、口から食べるということではなくて、長く生きるためにどうするかということだった。
95歳。120歳までは生きたいからそのために頑張っているんだって。
そう。すごい。それでその目的のために口の状態、歯のあり方がどうあるべきかということを教えてくれって。
難しい話かもだけどとても考えさせられるなって。そういう価値観をはっきりと持つ患者さんに出会ったことが無かったから。
うん。食べたら危ないと言われても、口から何とか食べたいと考える患者さんや家族が多かったから。
その患者さんは口から食べることにはこだわらず、どうやったら長生きできるかを考えているってことね。
そう。それがその患者さんの価値観。だから長生きできるかどうかが一番の方針の軸になる。その上で口の機能や歯のあり方について考えなければならない。
胃ろうが入っていて本当に口や飲み込む機能が落ちている場合にはそうなる。ただ長い目でみるとやっぱりすべての栄養補給は無理でも、口から少しは食べている方が長生きできると思う。ただご本人の希望として、命を脅かすリスクがあるのなら無理はしないとのことだったからそこは慎重にしないとね。
なるほど。患者さんの価値観で歯医者さんの方針も変わるんだね?
そうだね。最初は歯科医の価値観で治療方針を考えてしまうけど、話し合っているうちに患者さんがどんな価値観を持っているかが見えてくれば、お勧めする方針や提案は変わることがある。
じゃあ歯医者さんは患者さんの価値感を必ず聞かないとね。
そうなんだけどなかなか難しいものなんだよね。結構話さないと患者さんの価値観って見えてこないから。この患者さんも何回かお伺いしてはじめて信頼して話してくれた感じ。
(次回へ続く)
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