この連載について
一人ひとりの答えが違う歯科医療。そんな中、話せる歯科医は、患者さんの言いなりでもなく、自分勝手でもない。科学的な根拠も大事だけど、ときに感覚やあいまいさを優先する。ではいったいどんな歯科医が話せる歯科医なのか? 私、内藤の経験や物語をとおして、話せる歯科医をひも解いていきます。ここには、これからの歯科医療における答えの決め方のヒントがあるはずです。
訪問診療で、
ある施設にお伺いしたとき、
その施設の介護スタッフの方が
言っていたこと。
「歯科の先生に入れ歯を
していないっていうのは
とても言いにくいんです。
歯科の先生からしたら
入れ歯は入れた方が良いって
言うと思うんですけど。
最近〇〇さんは、
食べる量も減ってきていて、
何とかして食べてもらおうと
するんですけど嫌がって。
入れ歯をすることも拒否しますし、
入れ歯をしていない方が、
まだ食べてくれる気がするので。
だから今は入れ歯を外している
ときの方が多いんです。」
患者さんが入れ歯を使用して、
過ごすということは、
その人らしく、
人間的な生活を維持するために
意義のあることだと思いますし、
そのために私たちは
懸命にお手伝いしていますが、
一方で、
その患者さんの状況に合わせて
対応しなければならないとも
思っています。
だから今回の
介護スタッフの方の対応は
その患者さんに
少しでも食べてもらおうと
一生懸命に考えた結果で、
まったく間違っていないですし、
その現状をふまえて、
私たちが支援できることを
考えなければなりません。
でも驚いたのは、その後、
この介護スタッフの方が
次のようなことを
言っていたからです。
「実は歯科の先生に
正直に伝えるべきかどうか、
上司と相談してたんです。
以前勤めていたところでは、
歯科の先生に正直に
言ったら険悪な雰囲気になった
嫌な経験があったので。」
正直に伝えるかどうか悩んだ?
ということは、もしかしたら、
正直に伝えられなかった
可能性もあったということでしょうか?
私は日ごろから、
歯科医師の前で、
患者さんは結構
本当のことを言っていない、
言えていないことがあると
思っています。
私たちの前では、
良い顔をしてくれる。
治療はうまくいっていると
思わせてくれる。
そして、明らかに
うまくいっていないときは、
何も言わずに静かに
目の前から去っていく。
私たちが気付かないように。
こうなると、
自分の治療がすべて
うまくいっていると思いこみ、
現実とのギャップができてしまいます。
だからそのことは
自分がとても気を付けていること
の一つですが、
実は、介護スタッフの方との間にも
もしかしたら同じようなことが
起こっている可能性が
あるかもしれないと反省しました。
確かに、歯科医からすると
患者さんに入れ歯を
使ってもらえないとき、
自分の敗北感というか、
無力さみたいなものを感じたり
することがあります。
だからもしかすると、
その事実の
伝えられ方によっては、
自分の治療が否定されたり
責められているように
感じてしまうこともあり、
険悪な雰囲気に
なってしまうのかもしれません。
だから、
今回の介護スタッフの方は、
そうならないように
気を使ってくれたのでしょうが、
それで事実を
勘違いしちゃうのは
こわいですね。
訪問診療の現場では、
普段みている
介護スタッフの方からの
情報がとても貴重です。
それは正直な情報でないと
困ります。
日頃からちゃんと正直に
話せる関係性をつくって
おかないと、
実態に合わない
治療や支援をする迷医に
なってしまいますので、
気をつけなければなりません。
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