話せるブログ 第10回 物語「妻を亡くした患者さんの決断(第2話)」 

この連載について
一人ひとりの答えが違う歯科医療。そんな中、話せる歯科医は、患者さんの言いなりでもなく、自分勝手でもない。科学的な根拠も大事だけど、ときに感覚やあいまいさを優先する。ではいったいどんな歯科医が話せる歯科医なのか? 私、内藤の経験や物語をとおして、話せる歯科医をひも解いていきます。ここには、これからの歯科医療における答えの決め方のヒントがあるはずです。

(前回のおさらい) 第1話へ

治療は最低限でと希望する青杉さんに
私はどう応えてあげたら良いだろう。

私は、青杉さんの状況を整理した。
年齢は65歳。
上の前歯部ブリッジがはずれかけている。
ブリッジの下で歯は一部割れていて、
虫歯にもなっている。
根の先で化膿している歯もある。
周りの歯肉は少し化膿している。

おそらく割れていて虫歯がある歯は
抜かなければいけない。
でもそうすると、
今のブリッジを付けられない。
付けてもすぐにまたはずれてしまう。

そうなってしまうと本当は
もうブリッジをすることは難しく、
インプラントや部分入れ歯が推奨される。
でも今の青杉さんは、
労力や時間、費用の負担が大きい
大掛かりな治療に前向きではない。
なぜなら最近奥さんを亡くしたから。
だから自分の人生も先が短いと思っている。

(奥さんが亡くなったからって
青杉さんもすぐに後を追うわけじゃないですよ。
だから頑張って治療をして、
残りの人生を健康で豊かにできるだけ長く楽しみましょうよ!)

なんてことは、正直私には言えなかった。
奥さんが亡くなって落ち込むことも当然だし、
精神的に後ろ向きになることもありえる。
それに、残りの人生をその人がどう生きるかも、
私が勝手に判断することではない。

だから私が今の価値観や
歯科医療の常識に従って、
青杉さんの残りの人生にとっての
歯の治療の必要性をいくら訴えても
それは変わらないだろうと私は感じた。
それほど、今の青杉さんの気持ちは
かたまっているように見えた。

「最低限の治療」

これがどのようなものかは、
そのとき、その状況で違うと思う。
今回の青杉さんの場合には、
新たなブリッジ作製や、入れ歯作製、
インプラント治療などの大掛かりな治療に入らないようにすること。

ブリッジがはずれやすいとしても、
はずれたらまたつける。
本来、抜いてもおかしくないような歯だったとしても、
できるだけ抜かずに残す。
化膿して歯肉が腫れるような状態でも
膿を出したり薬で治める。
虫歯や感染源などは多少残っていたとしても、
そのリスクより歯を使うことを重要視して。

何かトラブルがあるたびに、
そんな治療を繰り返しながら、
青杉さんとは向き合っていった。

こんな向き合い方で、
歯科医として良いのだろうか。

患者さんを良い方向に導くのが歯科医の努めじゃないか。
そんなことを繰り返して

患者さんにもしものことがあったらどうする気だ。
そう怒られてしまいそうである。
本当は、もっと説得したり、

あるいは無理やりにでも
歯科治療を前に進めた方が良いのかもしれない。

青杉さんの治療をするたびに
そんな悩みや葛藤が生まれたが、
その後続く日々の忙しさに、
その悩みや葛藤を打ち消されながら、
月日は流れていった。

(次回に続く)

※ここでの物語はすべて実話に基づいていますが、登場する方々の氏名は仮名であり、個人が特定されないように配慮をしている点をご理解ください。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事 おすすめ記事

最近の記事

PAGE TOP