話せるブログ 第9回 物語「妻を亡くした患者さんの決断(第1話)」 

この連載について
一人ひとりの答えが違う歯科医療。そんな中、話せる歯科医は、患者さんの言いなりでもなく、自分勝手でもない。科学的な根拠も大事だけど、ときに感覚やあいまいさを優先する。ではいったいどんな歯科医が話せる歯科医なのか? 私、内藤の経験や物語をとおして、話せる歯科医をひも解いていきます。ここには、これからの歯科医療における答えの決め方のヒントがあるはずです。

「治療は最低限でお願いします。」

65歳で会社役員の青杉さん(仮名)の
その言葉に、私はどこか違和感を感じた。

青杉さんは、スラっとしたやせ型で
品の良い白髪と知的な感じの話し方が印象的。

その日、青杉さんは久しぶりに
定期メインテナンスのため来院した。
青杉さんを担当した歯科衛生士から、
前歯のブリッジが外れそうだと
報告を受け、私が診察を行った。

そこで、
今の青杉さんの状況について
私がお話しをしようとした矢先、
冒頭の青杉さんの言葉を聞くことになった。

青杉さんは、
これまで定期メインテナンスで
歯科医院を受診されており、
かなり意識の高い方だったはず。

「何かあったんですか?」

そう私が聞くと、
青杉さんは少し複雑そうな表情で
答えてくれた。

「先日、妻が亡くなったんです。
妻に先立たれた旦那は、
5年以内に後を追うことが多いらしいですよ。
私の人生も残りわずかです。

だから先生、治療はもう最低限でお願いしたいのです。」

今の青杉さんの状況としては、
前歯のブリッジが取れそうで

ぐらぐらしている。

そこだけは何とかして欲しいとのことだった。

ただ歯肉も化膿して腫れているし、
ちゃんと治療をしようと思ったら
抜かなればならない歯もあるし、

かなり大がかりな治療になることが予想された。

そのことを本人も
理解されていたのだと思う。

歯を抜いたり、削ったりして
出来る限り感染源となる
悪い部分を取り除く必要がある。
感染源となるような
悪い部分が残ったまま、

またそのブリッジを付けなおす
というのはお勧めできない。

そもそも、
その取れそうな前歯の
ブリッジを一回はずしたら、
それをもう一度くっつけて
使うのは難しいかもしれない。

仮にそれをやれたとしたって、
感染が広がって、
逆に患者さんを危険な目に
あわせてしまうかもしれない。
歯科医として、

そんなリスクのあることは
治療とは言えない。
いくら患者さんが望んでいるとはいえ・・・。
だいいち青杉さんの人生が残りわずかだと決まっているわけではないし。

「悪い歯なのは分かっています。
ただ取れそうなブリッジをくっつけてくれて、残り短い時間を何とか生活できたらそれで良いんです。」

とても落ち着いた様子で、
青杉さんはそう私に訴えた。

(次回に続く)

※ここでの物語はすべて実話に基づいていますが、登場する方々の氏名は仮名であり、個人が特定されないように配慮をしている点をご理解ください。

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